40日ファスティング経験者の本音!

ファスティング(断食)の素晴らしさやファスティングの正しい方法、効果などを紹介しています。

マナはどのようにユダヤ人を救ったか

発酵食であったマナは4000年前にどのようにユダヤ人を救ったのでしょうか。

この時、エジプト王の圧政から自由を求めてカナンに向けて旅立ったユダヤ民族は数百万でしたが、指導者モーセに砂漠を旅するために不足する食糧のことで抗議をします。

 

聖書を見ますと・・・「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている。」というのですが、これは砂漠でこのまま野垂れ死にさせるのかという抗議デモです。

そのユダヤ民族の切実な訴えに対して、指導者モーセに神はこのように語られました。

・・・「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。民は出て行って、毎日必要な分だけ集める。わたしは、彼らがわたしの指示どおりにするかどうかを試す。ただし、六日目に家に持ち帰ったものを集めれば、毎日集める分の二倍になっている。」モーセとアロンはすべてのイスラエルの人々に向かって言った。「夕暮れに、あなたたちは、主があなたたちをエジプトの国から導き出されたことを知り、朝に、主の栄光を見る。あなたたちが主に向かって不平を述べるのを主が聞かれたからだ。我々が何者なので、我々に向かって不平を述べるのか。」・・・エジプトを出たのは神の導きであり、神から食物を与えるというモーセの宣言です。

キリスト教会では、「主の祈り」を毎週、教会で告白しますが、その中に「日々の糧を今日も与えたまえ」とありますが、日々の食糧は、神が与えるという信仰告白は、このモーセに語れた神の言葉を継承しています。

ゆえに神に対して、感謝の捧げものとして、断食をして、祈るという行為がユダヤ人の中に生まれたのは当然です。

そしてこのマナは、どうなったでしょうか。

聖書を見ましょう。

 

・・・夕方になると、うずらが飛んで来て、宿営を覆い、朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った。彼らはそれが何であるか知らなかったからである。モーセは彼らに言った。「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。主が命じられたことは次のことである。『あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。』」イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。しかし、オメル升で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。モーセは彼らに、「だれもそれを、翌朝まで残しておいてはならない」と言ったが、彼らはモーセに聞き従わず、何人かはその一部を翌朝まで残しておいた。虫が付いて臭くなったので、モーセは彼らに向かって怒った。そこで、彼らは朝ごとにそれぞれ必要な分を集めた。日が高くなると、それは溶けてしまった。六日目になると、彼らは二倍の量、一人当たり二オメルのパンを集めた。共同体の代表者は皆でモーセのもとに来て、そのことを報告した。モーセは彼らに言った。「これは、主が仰せられたことである。明日は休息の日、主の聖なる安息日である。焼くものは焼き、煮るものは煮て、余った分は明日の朝まで蓄えておきなさい。」彼らはモーセの命じたとおり、朝まで残しておいたが、臭くならず、虫も付かなかった。モーセは言った。「今日はそれを食べなさい。今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう。あなたたちは六日間集めた。七日目は安息日だから野には何もないであろう。」七日目になって、民のうちの何人かが集めに出て行ったが、何も見つからなかった。・・・

 

安息日の前には2倍のマナが与えられ、安息日は休むように命じられました。

それが十戒の規定、安息日規定になります。

これは今日の週1回は休む規定として全世界に普及しました。

つまりマナはからだに安息を与え、エネルギーを蓄えることでありました。

そしてこのことが40年間も継続され、強靭なファスティング民族ユダヤ人の誕生となっていきました。

そこから40年ではなく、それを象徴して、40日断食が誕生しました。

それをユダヤ教が守り、そしてナザレのイエスが荒れ野で厳格な40日断食をして、世界最強のスピリチュアル・ファスティングの力を受けたのです(このいきさつは新約聖書マタイによる福音書に詳細に書かれています)。