40日ファスティング経験者の本音!

ファスティング(断食)の素晴らしさやファスティングの正しい方法、効果などを紹介しています。

サムライ・ファスティング

サムライ・ファスティングに生きるとは 「代表的日本人」に書かれた武士道精神02 内村鑑三はなぜこの本を書いたのか 02

内村鑑三が「代表的日本人」を出版される40年前に アメリカの思想家エマソンが「代表的人間像」を出版しており、 内村はこの著作に刺激を受けて書いたと言われています。 内村はこの書かれた頃を回想した記録があります。 ・・・ちょうどその頃(代表的日…

サムライ・ファスティングに生きるとは 「代表的日本人」に書かれた武士道精神01 内村鑑三はなぜこの本を書いたのか 01 

新渡戸稲造の名著「武士道」については、このブログでこれまで紹介してきました。 その「武士道」が英文で書かれる数年前に内村鑑三は、 優れた英文で「代表的日本人」を書き、世界に向けて日本の代表的な人物、 しかも武士道に生きた5人を紹介しました。 …

サムライ・ファスティングの神髄 07 サムライ精神でするファスティング 「健康しが」で語った内容  04 

(株)あなたの健康社のブースではオープンできた時間は会場の関係で 約3、40分ぐらいしかありませんでしたが、いろんな方が立ち寄ってくださいました。 名刺交換だけで十数名あり、チラシだけでもかなりの方が持ち帰っていかれました。 今度はその名刺交換の…

サムライ・ファスティングの神髄 06 サムライ精神でするファスティング 「健康しが」で語った内容  03

(株)あなたの健康社のブースでは約40分ぐらいですがいろんな方が立ち寄ってくださいました。今度は中年の男性です。 男性「今、あなたが発題されたように藤樹の宿には、女性が多いということですが、 男性でもできるのかね。 毎日、つきあの宴会も多いので…

サムライ・ファスティングの神髄 05 サムライ精神でするファスティング 「健康しが」で語った内容  02

11月14日は、サムライ・ファスティングとして語った部分だけ記載しました。 そして会場に「株式会社あなたの健康社」としてのブースを設けましたので、 そこで藤樹の宿のパンフレットや「断食救人類の書」申込みを受け付けました。 そのブースに少しふくよ…

サムライ・ファスティングの神髄 04 サムライ精神でするファスティング 「健康しが」で語った内容  01 

11月14日、第7回「健康しが」交流会で語った内容 滋賀県に移住して驚いたのは、滋賀県の断食に関する意識が、かなり遅れていることです。 今もなお比叡山延暦寺の修行僧がするものとか考えておられるようです。 しかし、今や東京では女子が3人集まれば、 「…

サムライ・ファスティングの神髄 03 なぜサムライ・ファスティングに到達したか 03 

最近、このブログでサムライ・ファスティングのカテゴリーを開始し、 特に新渡戸稲造の「武士道」を書いてきましたので、 ファスティング講座でも話すことが多くなりました。 最近、来られた女性の方にも、「サムライ・ファスティング」を話しましたので、 …

サムライ・ファスティングの神髄 02 サムライ精神の覚悟とは

先般、昨年5月に来会された男性の方なのですが、 92㎏ぐらいあった方でしたが、 帰宅後も藤樹の宿方式の超少食を実践したら 20kgの減量をわずか4ヶ月で達成したということでした。 しかし、少し油断したらあっという間に10㎏も戻ってしまったので、 …

サムライ・ファスティングの神髄 01 なぜサムライ・ファスティングに到達したか   

これまで新渡戸稲造の「武士道」を台湾の指導者であった李登輝の 「武士道解題」で17回(武士道が17章によるので)にわたって紹介してきました。 李登輝は台湾長老教会の信徒です。 ですからクエーカー派のクリスチャンであった 新渡戸稲造を正しく武士道…

武士道が生まれた背景  43 李登輝の武士道解題 21 第17章・武士道の将来

ヨーロッパの騎士道と日本の武士道の歴史を比較してみたとき、 これほどよく似ているのはまれである。もし歴史が繰り返すものだとすれば、 武士道の運命は、必ず、騎士道がたどってきた運命を繰り返すであろう。 ヨーロッパと日本の歴史的な経験において、最…

武士道が生まれた背景  42 李登輝の武士道解題 20 第16章・武士道はなお生きられるか

わが国における驚くべき西洋文化の進入は、 わが古来の教訓のあらゆる痕跡を、すでに拭い去っていまったのであろうか。 一国民の魂が、もしそのように早く死滅するならば、はなはだ悲しいことである。 そのように外来の感化によって屈服するようでは、 それ…

武士道が生まれた背景  41 李登輝の武士道解題 19 第15章・武士道の感化 

・・・武士道の道徳は、わが国民生活の一般水準よりもはるかに 高い山脈を形成しているが、 私はこれまでそのなかのさらに高いいくつかの峯を考察したにすぎない。 太陽が昇るときは、まず最も高い峯の頂上を紅に染めて、 それから次第にその光を谷間になげ…

武士道が生まれた背景  40 李登輝の武士道解題 18 第14章・婦人の教育および地位 

妻を意味する漢字の「婦」は、箒(ほうき)を持っている女という意味であるが、 もつともその箒をふるって、夫に対して攻撃に出たり、 あるいは防御したりするものではなく、また魔法をかけるためではない。 箒の無害な本来の用途においてである。 「婦」と…

士道が生まれた背景  39 李登輝の武士道解題 17 第13章・刀・武士の魂 

・・・刀の鍛冶屋はたんなる工人ではなく、霊感を受けた芸術家であって、 その職場は、神聖なところとされていた。彼らは毎日、神仏に祈り、 斎戒沐浴をしてから、仕事を始め、あるいは 「その心魂気迫を打って錬鉄鍛冶した」のである。 ・・武士道は、みだ…

武士道が生まれた背景  38 李登輝の武士道解題 16 第12章・切腹および仇討ち  

・・・切腹を聞く者は「腹を切るとは何と不合理なことか!」と叫ぶであろう。 確かに外国人の耳には、奇怪なものに聞こえるかもしれない。 しかし、シェークスピアのジュリアス・シーザーを読めば奇異な感じをしないであろう。 ・・切腹が我々には、まったく…

武士道が生まれた背景  37 李登輝の武士道解題 15 第11章・克己(セルフコントロール)

・・・武士が感情を顔にあらわすのは男らしくないと考えられ、 「喜怒を色に現わさず」とは、強い性格を評価する言葉であって、 最も自然な愛情をも抑制されてきた。たとえば父がその子を抱くのは、 父の威厳を害うことであり、夫は私室においてはともかく、…

武士道が生まれた背景  36 李登輝の武士道解題 14 第10章・武士の教育および訓練 

武士の教育において、最も重んじられたのは、品性を確立することであって、 思慮、知識、弁説などの知的な才能は第二義的なものであった。 美的な芸能の楽しみもまた武士の教育上、重要な役割を占めていた。 それは教養ある人にとっては欠くべからざるもので…

武士道が生まれた背景  35 李登輝の武士道解題 13 第9章・忠義

・・・封建道徳には、他の道徳体系や武士以外の階級にも共通しているものも多くあった。 しかし、この目上の者に対する服従と忠誠の徳は、 封建道徳の中ではっきりとその特色を示すものである。 あらゆる種類や境遇における人間の間に、忠誠が重んじられたこ…

武士道が生まれた背景  34 李登輝の武士道解題 12 第8章・名誉 

・・・恥は(武家の)少年の教育において第一の徳目であり、 「笑われるぞ」、「体面を汚すぞ」、「恥ずかしくないか」などの言葉は少年に対して、 正しい行動を促すときの最後の戒めであった。 このように少年の名誉心に訴えることは あたかも母親の胎内に…

武士道が生まれた背景  33 李登輝の武士道解題 11 第7章・真実および誠実  

・・・礼儀を行うのに、真実と誠実の心が欠けていたならば、それは茶番になり、お芝居になってしまう。 伊達政宗は「礼儀も過ぎれば、へつらいとなる」と言っている。 「心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん」という菅原道真は、 ボロニウスを…

武士道が生まれた背景  32 李登輝の武士道解題 10 第6章・礼 

「仁」と「礼」は密接な関係があり、新渡戸稲造は武士道をみごとな体系へと導いていきます。 ・・・礼儀の最高の形はほとんど愛に近い。われわれは敬愛なる気持ちを持って、(聖書の言葉の礼の一字をかえて) 「礼は寛容であって人の利をはかる。礼は妬まず…

武士道が生まれた背景  31 李登輝の武士道解題 09 第5章・仁・惻隠の心

・・・愛情、寛容、同情、憐憫は、昔から最高の徳とされ、 人間の霊魂の属性の中で、最も高貴なるものと認めらていた。 それは、二通りの意味において、王者の徳と考えられた。 すなわち、高貴な精神に伴う、多くの属性の中で王位を占める者として王者的であ…

武士道が生まれた背景  30 李登輝の武士道解題 08 第4章・勇気堅忍の精神

・・・勇気は、義のために行われる者なければ、徳としての価値はほとんどない。 講師は「論語」の中で、いつもの消極的な論法にしたがって、勇気について定義を下し、 「義を見てなさざるは勇なきなり」と説いているが、この格言を積極的に言い直せば 「勇気…

武士道が生まれた背景  29 李登輝の武士道解題 07 第3章・義または正義  

・・・義は、武士道の中でも最も厳しい教訓である。 武士にとって、卑劣な行動や不正な行為ほど忌むべきものはない。 義の観念には、あるいは誤ったところがあるかもしれないし、 狭少なところがありかもしれない。・・・ 李登輝の「武士道解題」では、義は…

武士道が生まれた背景  28 李登輝の武士道解題 06 第2章・武士道の淵源

新渡戸がキリスト教の原理主義的なコテコテの凝り固まった一宗教の信仰者ではなく、 儒教、仏教、神道などあらゆる日本に定着している宗教や思想を自由闊達に引用して 道徳体系としての武士道を解き明かしています。 このような広い心が世界の人々に共感と感…

武士道が生まれた背景  27 李登輝の武士道解題 05 第1章・道徳体系としての武士道    

いよいよ李登輝の「武士道解題」を紹介します。 毎回、1章ずつ紹介しますので重要なところだけのポイントと解説というパターンで 全17章(=17日間、11月12日まで)連載していきます。 そしてサムライ・ファスティングの神髄に迫っていきたいと思います…

武士道が生まれた背景  26 私の中の武士道 05 武士道営業のすべて 

保険営業時代を今振り返ると本気で武士道に生きて営業活動をしていたと思います。 父が莫大な負債を抱えているのは、本家の罠でした。 それを知った時から武士の反撃、復讐心が燃えたぎってきたのです。 まさに赤穂の仇討のようなものです。 保険営業を開始…

武士道が生まれた背景  25 私の中の武士道 04 内村鑑三の武士道に学ぶ

最後の聖書講義のタイトルが、柏木の聖書講堂で語ったのは、 「パウロの武士道」(昭和5年・1930年1月20日)でした。 内村の生き方のすべてが、武士道であったのです。 明治、大正、昭和の時代に多大な影響を与えました。 明治24年の不敬事件では、内村は天…

武士道が生まれた背景  24 私の中の武士道 03 内村鑑三と弟子たちの武士道

新渡戸稲造の武士道を紹介する前に 武士道発刊の5前に発刊された内村鑑三の「代表的日本人」を2回連続、書きましたが、 内村鑑三は69歳の誕生日を過ぎてから心臓病で召天します。 その最後の聖書講義のタイトルが、柏木の聖書講堂で語ったのは、 「パウロ…

武士道が生まれた背景  23 私の中の武士道 02  内村鑑三の「代表的日本人」は武士の生き方を世界に紹介した日本最初の本

李登輝の「武士道解題」を連載していますが、 少し息抜きで私の中の武士道を少し書いてから 本題の李登輝・「武士道解題」の第二部に入っていきます。 NHKから名著50に選ばれた「代表的日本人」の紹介文には、 ・・・日本が欧米列強に肩を並べようと近代化…