少食にすると食べるものを厳選するようになります。
一日一食にするとか量を減らして少食にする場合、大きな問題は、いつの間にか何でも食べてしまい、
ラーメン1個だけとかカップヌードル1杯分だけ食べて少食だというのは、
むしろ少食をしないほうがいい食事術なのです。
時々食べるのであればと思うのが大きな間違いです。
こうした食事術で済ませることは絶対してはならない禁じ手であることは固く申し上げておきたいと思います。
では藤樹の宿が提唱しますものは、どのような食事術なのかを申し上げたいと思います。
まず主食は玄米であること。
玄米菜食です。
もちろん玄米は無農薬玄米を使用すべきです。
なぜなら農薬が玄米の中に蓄積されますので、
厳密に無農薬で栽培されている玄米を厳選していただきたいのです。
そうした良心的な栽培をされておられる農家から買い求めてください。
また、パンをどうしても食べたい方は、黒パンを購入してください。
黒パンはロシアを代表する食べ物でライ麦から作られています。
「硬くて酸っぱい」味です。
なぜ硬くて酸っぱいかというと、普通のパンはイーストで発酵させますがこの黒パンは
サワードウというもので発酵させるため酸味が強くなります。
そしてライ麦を使うことで小麦のパンよりも膨らみが悪くなるので固く密度が高くなります。
太平洋戦争末期、参戦したロシアに捕虜となった日本人は約50万人でした。
ロシアから与えられた一日の主食は、黒パン300gとお粥450gでした。
ドイツ人捕虜の場合の一日の主食は黒パン500gが基本になり、
どちらの捕虜にも僅かばかりのジャガイモの入ったスープがついていました。
ただしこの量は強制労働のノルマが8割以上達成された場合の数字で、
それ以下だと黒パン250gとお粥350gに減らされ、
達成率が125%以上の場合、黒パン450gとお粥550gに増やされましたようです。
黒パンの原料はライ麦ですが、お粥の原料は燕(エン)麦。
当時のソ連で大量に収穫されていました。
この2種類の麦は単に炭水化物だけではなく、
ビタミン、ミネラルは勿論タンパク質が多く含まれた非常に栄養価が高いもので、
現代でも健康・自然食品に多く用いられているのですが、
当時は貧しい農民が食べるものとされていました。
日本でいえば玄米食のようなものです。
まさにシベリア抑留の食は、超少食メニューそのものでした。
なぜならば抑留された日本人は、肉や魚を全然与えられず黒パンとお粥だけでしたが、
零下30度前後の野外の厳しい重労働の中で生命を維持出来たのは、
この質素だけれども栄養価の高い食で支えられ、
約50万人連れ去られたうち約10万人の日本人捕虜は、
厳しい重労働に耐えられず、死んでいきましたが、それでも40万人は生き残ったのです。
藤樹の宿が提唱します「超少食・食事術」を図らずも体験させられたシベリア抑留生活の食事術こそ、
これからの生き残り食事術だったのです。