聖書には至るところにイスラエルの民が断食して、粗布をまとい、灰の中に座って断食している姿を描いています。代表的な箇所をまず読んでみましょう。
列王上
21:27 アハブはこれらの言葉を聞くと、衣を裂き、粗布を身にまとって断食した。彼は粗布の上に横たわり、打ちひしがれて歩いた。
ネヘ
9:1 その月の二十四日に、イスラエルの人々は集まって断食し、粗布をまとい、土をその身に振りかけた。
4:3 勅書が届いた所では、どの州でもユダヤ人の間に大きな嘆きが起こった。多くの者が粗布をまとい、灰の中に座って断食し、涙を流し、悲嘆にくれた。
まず粗布(あらぬの)ですが、
英語で「Sackcloth」で、穀物などを入れる大袋や袋を作るのに使われた粗い布です。
普通は,黒っぽい色のやぎの毛を編んで作られています。
粗布を意味するヘブライ語は,それで作られた大袋のことで、
粗布の衣は伝統的な喪服だったのです。
これは喪服を着て、神の前に出て悔い改めに用いる衣装だったということです。
その次がちり灰です。
今年はイースターが4月1日でしたので、
灰の日は2月14日水曜日でした。
ここから灰の日の断食が始ります。
ここからの期間を四旬節といい、
前年に使用した棕櫚の日に使用した枝や不要になった
木製の十字架を燃やした灰を塗布します。
悔い改める際に粗末な布をまとって、
灰をかぶるまたは灰の上に座るなどをしていました。
そこで、自分たちの罪のためにイエス・キリストは
受難の道をすすまれたことを思い起こし、また悔い改めて過ごすために、
この日に灰で額にしるしをつける儀式が行われるようになりました。
ただ断食して祈るだけではないのです。
このように嘆き悲しみや恥辱や悔い改めの象徴として
灰の中に座することや灰を自分の身にまき散らして祈るのは
象徴行為ではありません。
自分自身が神の前に散る芥のような存在であることを
明確に告白することを聖書の神は求めておられるのです。