私たちの健康維持は
神が創造された私たちの体を神の喜ばれるものとして聖なる器として
神にお捧げすることなのです。
したがって食欲と戦う宗教である聖書の知恵が
断食のベースにならなければならないのです。
ユダヤ教とは何度も申し上げますが、キリスト教とイスラム教の母体です。
この2つの世界宗教信徒の数は世界の55%を占めているのです。
しかし、世界の流れに反して、なぜヨガが日本で流行するでしょうか。
それは多神教の土壌だからです。
ゆえにオウム真理教の麻原のような人物に利用されるのです。
船瀬さんのヨガの師匠、沖正弘さんにしても沖教団、沖信仰になってしまうのです。
つまり沖さん自身が神になるというわけですが、
日本は常に神に祭り上げてしまいます。
だから、このような断食が流行してしまうのです。
これは世界の流れに逆行することなのです。
この高島市でも中江藤樹神社など世界の常識ではあり得ないことです。
中江藤樹にしてみればいい迷惑なことです。
しかし、少しでも有名になれば神に祭り上げることを聖書では偶像礼拝といいます。
ゆえにヨガ断食は完全な偶像礼拝(愚かな礼拝という)なのです。
そして沖さんは断食とは空腹を楽しむことだといいますが、
断食の真の目的は神との契約なので、楽しむのではなく、
生きる日常性のことなのです。
ですから断食の日常性、つまり日々の糧であり、
断食を実行すると自然に粗食になります。
つまり粗食断食なのでそれが当たり前の日常性になりますから、
日本人のグルメに奔走する戦後はまさにグルメアニマルなのです。
これではローマ帝国末期と同じなのです。
そのローマ帝国はグルメアニマル化し、公衆浴場の混浴による性の紊乱が加速化し、
帝国は崩壊していきました。
日本は同じ道をひたすら歩んできたのです。
その先はもう見えています。
ゆえに日本はただちに日本人の伝統食にもとづく
和食をベースにした粗食にならなければならないのです。
そうしないとローマ帝国の滅亡は、確実に日本に起こるのです。
現実にその兆しは出てきています。
つまり食糧自給率は38%を割り込んでいるにもかかわらず、
グルメに溺れているのですから、その先の日本はポンペでしかないのです。
そしてもう一度申し上げますが、
沖さんや船瀬さんのいう「幸福感」をもって断食するなど完璧な間違いなのです。
なぜなのかを申し上げれば、断食は生きるための最大の知恵なのです。
その世界最高峰の知恵を用いなければ、最大の愚かな民族なのです。
幸福とは神を真に知ることであり、
人間の努力、ヨガのような瞑想によって到達するものではありません。
その幸福にはほんとうの喜びなど全くありません。